Perfume to 私 と BABYMETAL

PerfumeとBABYMETALのレフトなファンの戯言

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ネタバレ危険! 徹底的に シン・ゴジラを語る 

ネタバレを気にしているなら 借金してでも 今すぐに観に行くべき映画です(^_^)




ネタバレ全開で行きます

まず…

クラシック音楽(特に現代音楽)研究家及び作曲家とピアノ演奏者の家内と公開初日に観てきた

公開初日の初回公演にしては満席ではなかった

嫌な予感がした 駄作?

映画が始まって数分後… 確信した

俺は今 すごい体験をしている

1954年 戦後日本 復興して間もなく ゴジラ第1作を初見している気分だった(まだ産まれてなかったけど)

長い会議 あのシーンを観客である私達が生真面目に全部聞いている必要はない

だって…意味のない会議なのだから

甘利大臣そっくりな奴が 「想定外」を連発して笑かせてくれます

三人の賢者…いや御用学者たちには笑わせていただきます

能力がなさそうな…いや 能力はあるのだろうが、次の選挙のことしか考えていないような総理大臣が

現実を目の当たりにした時から 腹をくくる

だって 次の選挙なんて なくなってしまうかもしれないくらいの危機なのだ

自衛隊の活躍もヒーローとしてではなく

自分の仕事 として足を震えさせながら マニュアルにそって

それでも国民を守る!という気持ちで立ち向かっているのが感じ取られる

最後の作戦前の副官房長官のスピーチ

今までのハリウッドメソッドだったら感傷的な音楽が流れ

自衛隊員などの顔のアップが映され スピーチが終わったら敬礼!

なんていうのがない

だって…あそこにいる隊員たちは死を覚悟していて

それでも家族を守るために志願をしているのだ

そんなものは演出がなくったって 映画のここまでの説得で観客は十分理解している

(このシーンの前に 偵察・調査活動を行っている隊員たちの活動制限時間を知らせるアラームの描写が二度ほど行われている)

これは 実際に福島原発事故に立ち向かった人たち を知っていると下手な演出なんて要らないのだ


無能な大臣たちから 有能だが肩書がない連中 が集結するところから映画は走り始める

ここからフィクションモードに入っていく

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ここで 同行した作曲家の レビューを全文丸写しさせてもらう
(彼は予告編の段階で 作曲のある仕掛けにも予言していた)

【 ここから 】

さてさて、過去の記事で、予告編の音楽が、初代ゴジラの伊福部昭の音楽へのオマージュであることを、独自の分析によって明らかにしました。

さて、映画本編はというと。

(…ここからネタバレあり!!)


伊福部昭の音楽に溢れていましたね!

伊福部昭オマージュとかいうレヴェルではなく、まさに原点回帰。

自分は、今回の映画に付される、鷺巣詩郎作品に大いに期待していたのですが、あくまで伊福部というハンバーグに添えるブロッコリーやニンジンのような感じでした。

音源も、当時録音されたもので、新しい映像と古い音楽の融合は、とても新鮮な演出でした。

…と言うような全体的な事は、誰でも言える事だと思うので、もう少し深めていきましょう。

庵野&鷺巣コンビの代表作、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズでは、予告動画を、セリフなしのミュージックビデオのような感じで、本編を予測させないような断片的な本編映像をバラバラと貼り付けて作っておいて…そしてその楽曲を、本編の一番盛り上がるシーンで流すことで、観客に「キターーー」感を存分に味わわせる、というのがパターンでした。

しかし、今回はどうでしょう?

なんと、序盤の(しかも、ゴジラが何だかよく分からない姿の時の)のシーンで、早々と使ってしまったのです。

これには肩透かしを喰らいましたね!

パンフレットに書いてある通り、鷺巣さんのトリックは成功していたと思います。

しかし、パンフレットに書いていないトリックも、鷺巣さんは仕掛けていたのでは?
というのが、本記事の主軸になります。

トリックひとつめ。

【序盤と、中盤以降の緩急。】

序盤は、動きの鈍〜〜い政治家たちが中心となって物語が進むのですが、ここに全然、音楽は付けられません。
庵野作品にしては、会話のリズムも悪いし、調子外れです。

ようやく作戦が動き出し、音楽キタ!と思いきや、エヴァのDecisive Battle(決戦)をもじったような、偽モンの、パチモンのような音楽が流れ始めます。

(ようやくキタ!……でも何だか微妙…燃えない…)

というのが自分の第一印象だったのですが…

物語が動きだすキッカケ…各分野のスペシャリスト(ただし鼻つまみ者)たちが集められるシーン以降、本物のDecisive Battleが流れ、会話もリズミカルに、カッコよく流れ始めます。

「やられた!」

音楽を用いた、音楽でしかできない表現。

これを、映画の展開に合わせて効果的に配置した、そのトリック!

庵野&鷺巣コンビは映画作品において、音楽、音声の流れを意識し、巧みに利用することが出来る、稀有な才能だと思います。

【 ここまで 】

この記事を書いている時にサントラCDが届いた
解説文で彼の予測および感想が完璧に正しかったと確認できた
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さて

フィクションモードに入る前に 惣流・アスカ・ラングレーこと米国語が流暢な石原さとみこと米国大統領特使と東京モノレールをの側を歩きながら覚悟を決める

だって… 日本だけじゃなく全世界を滅ぼす存在になってしまう可能性 を"現場判断"するのだから

フィクションモードでは荒唐無稽な作戦が

だが その前に 日本の工業の底力を描くシーンが有る

前半に地方民にとって納得してしまうようなシーンと一緒で 絶対にカットしてはいけないシーン

これらがあって 高圧ポンプ車が出てきた時

きたぁあああああああ! となった

あのタンク車からポンプ車への配管切り替えをする人 運転手たち

 志願したんだろうなぁ〜

放射能測定器(活動制限タイマー)のスイッチを切って 

家族の姿を脳裏に浮かべ 彼はゴジラと直接対決しているのだ

そう この映画の真のヒーローは 政治家でもなかった

自衛隊員のようには顔が映らないが

彼らが戦った そして勝ったのだ


(ヤシオリ(八塩折)作戦 ポンプ車の数にも注目です)



映画が終わった瞬間 周囲の人達とハイタッチをしたい!と痛烈に思った

後の座席の若い四人のヲタクたち 興奮して涙目で 大臣並みの早口で同時に感想を漏らしていて

一人の青年(仮に矢口副官房長官と呼称しよう)が 「急いでここを出よう 感想はそれからだ!」と事態の収束に努めていた

劇場のエントランスホールに出ると パンフレットを買いに急ぐ人たちがいた

興奮して泣きそうになりながら語り合っている人たちがいた

だが

満員ではなかった

この映画は われわれ名も無き一般市民が動いて満員にすべき映画だ

大々的な広告はうたなかった

いや 制作費の3分の1以上を占める広告費を

すべて制作につぎ込んだのかもしれない

この映画が大ヒットしたら

「日本はまだまだ やれる」 と言えるだろう

             終


追記 

映画で シン・ゴジラを ゴジラ と呼ぶシーンは ほとんどない


なぜ東京に?

って疑問には こんな解釈もできる

プレージャーボートで靴を揃えていた博士

DNAの変換さえできる超天才

「私は好きにした あとは好きにしろ」

死体は上がっていない

これがヒントです


【 追加の追加 】

そして 日本が凝固させたもの(破壊ではない)は

第5形態進化寸前だった (熱核兵器を使用していたら…使徒ではなくナウシカにおける巨神兵になって 人類に裁定を下した)

っていう妄想(^_^)


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カテゴリ: 映画評

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Posted on 2016/07/31 Sun. 16:43    TB: 0    CM: 0

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